そう、楽しいという気持ちが根底にあるから、好きになっても嫌いになってもその人と一緒にいようとする

みのもんたと英会話を語る

1944年、東京都生まれ

ただの職業だ

このモチベーションだろうね

失敗を何度も繰り返してきた

そう、楽しいという気持ちが根底にあるから、好きになっても嫌いになってもその人と一緒にいようとする

小さな失敗、大きな敗北につながりかねない小さな失敗を見失いがちになり、大きな軌道修正を強いられることになりかねない

還暦まではぐちゃぐちゃいわず、ただ一生懸命やればいい

渡された茶封筒など…あまり言いたくありませんが

心である

仕事から選ばれる自分

リスニング力を強化する

淘汰される

そういう人は、たとえ英語が話せなくても、たとえアメリカにいて言葉が通じなかったとしても、「この人のためならなんでもしてあげよう」という気にアメリカ人をさせる

学業も、もちろんこれは自分ひとりでするものだけれども、生きることは一人ではできない

「この人、もしかして自分のことを好きなのでは?」と

さんざんあります

心の中にかっことした大志があるからだ

逆を言えば、本気じゃないものを会話しても外国人の心はつかめない

相手の口だけの内容のない説教は何も聴かない

そして見せしめが行われる

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そう、楽しいという気持ちが根底にあるから、好きになっても嫌いになってもその人と一緒にいようとする。これは非常に本質を突いた話で、例えばイタリア人やフランス人といった、人を簡単にナンパすることに何も罪悪感とか恥ずかしさを受けない人に対しても、同じこと。

人間というものは、中心に「楽しい」があらねばならない。これさえあれば、好転していく。好きはいろいろな要素をはらんだ結果。結果だけなのだから。仕事がうまくいけば、儲かって、周りにちやほやされる。

こういう状態は誰でも好きになるけれど、でもそれは楽しいとはちがう。いつか嫌いになるかもしれない。人気に振り回されることは、本当に楽しいことなのかというとそれは疑問符がつくことだろう。


自分が一番になりたいから、どういう風にみられるかばかり気にする

メディアで人気になると本当にそうなる。人から注目され、富と名声が入る。一方で人気に振り回されて、自分の意思をなげうっても人気物でいようとする。

自分が一番になりたいから、どういう風にみられるかばかり気にする。これって楽しくないはずだ。ミュージシャンによくある。本来の自分を見失って、行動の全てを気にしてしまいます。

本来の自分は何をしたかったのか。これを見失う。目的のために目標をたてたのに、目標のために目的を婉曲してしまう。これはまったく意味がないです。英会話学習を教えていると、教え子には本当によくあります。

英語を話したい、話すためにあれもこれもやって、あれもこれもそれもやることが目的になってしまう。目的を見失っても誰も助けてくれません。自分が失敗のシグナルを受けて初めて気づく。

そして軌道修正しなければならない。修正することをあきらめる人、正しい方向に向かっていなかった過去を嘆く人は多い。それでは前には向かない。みのさんは軌道修正を何度も繰り返してきた。


量が減らせば質を向上させようとする

たとえば腰が痛くなったとき。これは実は恩慮をもたらしてくれたといいます。腰痛は、旺盛な食欲をばったりとうせさせる。そう、今まで何でも食べていたのに、食べる量が減ると、質を優先させようとするんですね。

量が減らせば質を向上させようとする。量ばっかり増やしても駄目ってことです。量が増えるとどうなるか。質を無視してトップダウンの思考のみに陥ります。

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